講義日誌 yasuyuki shinkai

明治学院大学文学部フランス文学科 慎改康之

小野正嗣著『マイクロバス』

明学仏文科小野正嗣先生の芥川賞候補作『マイクロバス』が新潮社より単行本で刊行されました。「肉」la chairという言葉へと送り返されるのは私の独りよがりかもしれませんが、いずれにしてもこの夏の必読書です!


「過去の水のなかへと沈んでいく信男を奪いとられまいとするように空が覆いかぶさってきて、まぶた越しにも感じられるその圧力に信男は目を開けさせられた。いつのまにか信男は砂の上に横になっていた。そのまま波に洗われて、溶けてしまいそうだった。波の亡霊のようなその寄せては返す音が、波自身のものなのか、それとも信男のものなのか、誰のものでも何のものでもない在と不在の境目でいつまでも逡巡し続けていた。」(140頁)